才能の芽

誰にも才能の芽があり、誰にも才能を開花させるチャンスがある。
では、才能を開花させる人とそうでない人がいるのはなぜだろうか?。
それは、たぶん、人との比較から起こるのだろう。
大衆化した成功がすべてではない。
才能とは人が本来的に備えた能力である。
それぞれが持つ能力を磨くだけで才能は開花する。
比較が起こるから、諦めてしまうのだ。
そして、能力的に秀でた者が成功者ではない。
自分の能力を最大限に有効に活かす者が成功者なのだ。

アピール。

私達はこんなに応援してますとかいうのって単なるアピールに過ぎないね。
世の中、カネ目当てのビジネスだらけだから、こんなアピールが多くなる。
某航空会社のがんばろう日本はいいね。
やっぱり再生を願う気持ちはなった者にしかわからないということだ。
この際だから機体のロゴにも大々的に入れて欲しい。
くだらないコマーシャルよりはまだ伝わる。
ということで、こんな日本に誰がしたと嘆いていても始まらない。
日本再生です。

感動。

感じて動くと書く。
感じて動くにはそれなりに
感覚が鋭敏でないと。。。
感覚を磨くことは。。。
日々の積み重ね。

ここに。。。

いま、ここに、すべてのちからがあつまり、すべてのみなもととなり、すすんでいく。いまにいればなにもおそれることはない。
いまがすべてである。
ここにあるものをしんじてすすんでいこう。

いま。

いまから思うとずっとしあわせだった。
そのときどきには気づかないだけのこと。
振り返るとそんなことに気づく。
不幸せなことなんてありはしない。
ただしあわせなことに気づかないだけ。

影響力。

影響力には大きいも小さいもない。

小さい影響力も集まればでかくなる。

良い影響力というのはあまり広がらない。

悪い影響力はすぐに広がる。

よい影響力は土から芽が出て大きくなる向日葵のよう

時間がかかる。

そして、土に悪い影響が出ると途端に葉が枯れてしまう。

よい影響力を誰もが出したいと願うがどうしても悪い影響力だけが広がる。

そういうものなのだ。

よい影響力を少しでも出せるようにそろそろ詞を書こうと思います。

では、また。

今…。

今、この日本に問われているもの。

ただ、何となく幸せを感じる生き方。

それは、当たり前だけれど、すごく難しいこと。

今を全力で生きていればそれでよい。

ただ何となく周りに流されていきていくのではなく

ただ何となく幸せを感じる生き方をしよう。

その答えは「今」にある。

最近。

最近、震災のことで世の中を見てみるといろいろわかる。

震災の人のことをどうするとかいうことよりも、震災に遭わなかった人の都合でしかない。

人は身勝手な生きものだ。そして、それを過ちと感じることもできる良きものでもある。

震災に遭った人が必要なことは、もとの生活に戻る事である。しかし、それは、今すぐには不可能なこと。

すごく時間がかかる。今までの幸せを取り戻すのは不可能かもしれない。しかし、諦めてはいけない。

新しく始めるしかないのである。

震災に遭っていない人は、いろいろな事を言う。

しかし、それは、的を得ていない。なぜなら、震災に遭っていないからだ。

震災に遭っていない人は、今できることをすること。

それは、節電でもなく、義援金でもなく、ボランティアでもなく

今の自分を生きる事である。

新しく日本をいきるのである。